2007年7月14日 (土)

リベンジだ!

スタートして35kまでk/630ペース、60kからk/730ペースで進んだ。60k地点では関門閉鎖22分前に通過したが、次の10kが自分では気がつかないほどペースダウンしていた。70k地点で役員から「関門閉鎖5分前!」と知らされた時には、「この60k~70kの区間で、こんなにも自分に勢いがなくなってしまったのか?」あわてて気づかされた。それでも「これからの70k80k頑張れば、憧れの原生花園に入れる!」と自身に希望を託し、気合を入れ直して走った。苦しくて足が重くいつの間にか顔は下を向いてしまう。ついにスタミナ切れして77k地点で歩いてしまった。スタートして10時間過ぎ80k関門が閉鎖した、とわかり79k地点でリタイアーして収容バス(初めての体験)に乗った。初挑戦のサロマは私にとって甘くなかった。

 このサロマの反省点として“60k~80kをいかに耐えて走り続けることが完走できる絶対の条件だ”ということがわかった。今回のサロマは大会前日の午後に会場に入り、大会終了の翌日午前中に帰える、という強行日程だった。その上カンソウ(完走)もできず、カンドウ(感動)もなく、カンコウ(観光)もせず、いい想い出も少ない大会となってしまった。 翌日紋別空港から飛び立つ飛行機の窓から、昨日走ったサロマ湖・

湧別町

佐呂間町

北見市

を眺めながら心に誓った。「このままでサロマを終わりにしたくない。ウルトラには、復活がある!リベンジだ! 来年こそ、カンソウして!カンドウして!カンコウして! 良い想い出をこのSAROMAにつくろう」と。

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2007年7月12日 (木)

ウルトラには、復活がある

 “北の大地の戦い”で中盤気持ちよく走ってしまい、70kからスタミナ切れ。憧れていた原生花園に到達することなく、1k手前でついにエンスト。この大きなショックに13年間続けてきた我がマラソン哲学を方針転換。自分自身を頼ることを止め、マシーンを講師にすることに決断。

 昨日は心拍上限130に設定しRAN。一度も警告音が鳴らなかった。本日125に変えて前半(行き)k/7:00でアラームなし、後半(帰り)k/6:30で鳴り続けた。明日は127に設定して走ってみよう。予定している大会もないだけに、この思考錯誤のトレーニングが当分続きそうだ。

 これから1年間私を支える好きな言葉。「ウルトラには、復活がある!

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2007年6月22日 (金)

筋書き通りになってほしいなー・

 今朝も近くの神様にお参りして来た。サロマ100k完走の絵馬にタッチして最後の祈願。
大会前日(6/23)宿泊の「湧別のレイクパレス」(6/23・6/24)で、木更津(4名)・山形組(14名)サロマ100k合同壮行会開催。6/24AM 5:00スタート、黄色いタスキつけ元気をもらった18名が、”北の大地”をゴール(PM 6:00)を目指して走る。 サロマ初出場、コースもわからず不安いっぱい。というのが正直な気持ち。秋田3回瀬戸際でどうにかゴールした、あの時を想いだし頑張ろう。 完走へのシュミレーション(10分前ゴール)を描いてみた。80k~100kの各10k区間が1時間30分ある。この区間の関門が1時間30分あれば、歩きを入れても通過(ゴール)できそうな気がする。(甘い?・・・)  問題はその前の60k~80kの関門時間が厳しいことだ!この区間をどう乗り越えるか、走れるか、通過するかがが、完走の決めてだ! PM1時から3時までが、一番苦しくなることは覚悟している。ここを走り通せるかが、鍵となる! PM 3時に80k 地点突破していれば、PM 6:00までにゴール地点に到達できる! 完走してみせる! 50k地点で40分の貯金を、80k地点までマイナスにすることなく、走れるか?・・・。ここにかかっている。 PM 3:00に、このドラマを終わりにしたくない!(収容されたくない!) 筋書き通りになってほしいなー・・・。 ○間もなく、サロマに向けて出立。(Fタヌキ)

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2007年6月18日 (月)

千葉飛翔60k

初挑戦するサロマの登竜門として、千葉飛翔60k(栗田和夫実行委員長)に今年も出場。138名の選手が幕張マリン球場近くの浜田川を制限時間8時間で18回まわる周回コース。当日は現在パリーグ首位ロッテの試合中で、マリン球場からの歓声がコースを走るランナーにも聞こえてきた。千葉出身の私は、大のロッテファン。この歓声を見方にすると、不思議と気力が湧き上がってきた。18周するごとに最も近いコースの橋の上から、目の前の臨海マリン球場に向かって右手を上げ“ロッテ優勝”のエールを18回贈り続けた。この大会のエイドは皇居50kと違って、いろいろ飲食物が揃っていてランナーにとっては楽しみだ。その皇居で痙攣を起こしただけに、エイドでは塩・梅干を口に入れることを意識した。後半ペースダウンしたが、過去5回出場した中で初めて1度も歩くことなく70803でゴール。最後の18周に入る前、役員がラストランの印としてタスキを肩にかけてくれる。このタスキをつけて最終コースを走るのは、いつものことながら何ともいえない充実感でいっぱいだ。それは“よくここまで頑張った”という自分自身の気持ちでもある。さらに応援の人・すでにゴールした人が、そのタスキを見て手をたたいて”もう一周“と暖かく声援してくれるからである。

フル百から選手・役員合わせると20名は参加していたようだ。手作りのアットホーム的な雰囲気の大会で、懇親会では主催者側が用意したビールで盛り上がっていた。3千円という安い参加費・充実したエイドを考えれば、出場者にとって満足感ある大会だったと思う。私が誘った今年サロマに初出場する3人の仲間は「ここは自宅に近いし、ウルトラの練習会には最適だ。バッティングしなければ来年も参加する!」と言っていた。

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2007年6月 9日 (土)

自身に拍子抜け

 今年最大目標憧れのウルトラ公認コースサロマを目指して 、4月400k・5月400k以上走ってきた。今月が大会だけに、限られたトレニング走行距離でサロマにのぞむ気構えでいた。6日から体の調子が悪く食欲もない日々が続いた。本日病院で診察した結果、休息を十分とるように指摘された。明日最後のロングトレーニングをこなして自信をもってサロマのぞみたかったが最終トレができず、自分自身に拍子抜けした。

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2007年5月21日 (月)

皇居50kマラソン

 20日は皇居マラソン(50k)15kを10周する。毎年出場しているので昨年のタイムを参考にして早くからこの日のために、この2ヶ月半充分トレーニング(/400k走破)積んでこの大会に望んだ。昨年の反省として急激に失速する後半の8周・910周目を計算に入れても、何とか制限時間の5時間30分内にはゴールできるだろうと自信があった。8周の40kまでは、530分台で通過できた。9周が40分におちたが、後1周何とか頑張れば時間内にゴールできると確信できた。ところが最後の10周の5k半分通過した時点で、突然右足がけいれんしてその場でスットップ、さらに今度は左足がけいれんして全く動けなくなってその場でしゃがみこんでしまった。こうなると痛くて走れる状態ではない。あとはゴールまでずっと歩いてしまいこの5k、4901秒かかった。ゴール地点に辿り着いた時は、ラストランナーであり制限時間29分過ぎていたため主催者側はすっかり後片付けを済ませていた。そのためゴールの受付もしてもらえなかった。これまでの練習でも今日のような痙攣を起こしたことは一切なかっただけに、“ひょっとするとサロマの大会でけいれんが起きるかもしれない”という不安が残った。反省点として、5kごとまたはエイドでは、必ずストレッチする必要性を再認識させられた。

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2007年5月19日 (土)

サロマへの展望

5/20日曜日“皇居50k”(制限時間5:30)にサロマをめざすK・Fと丹後をめざすTの3狸が参加。この大会に過去4回出場したFの成績は、1勝3敗と負け越し。時間内完走は2年前(2005.5.15)一度だけだ。 今年はサロマ出場を決めてから3月・4月の各月間走行距離4xxkを走破。この特訓が長野マラソンの好タイムにつながったと自負している。

皇居50kの大会は、和田蔵門AM10:00スタートして1周5kを10周する。制限時間のPM3:30内にゴールできれば、もちろんサロマへの大きな自信につながる。 後半苦しくなる8周(PM2:13ごろ)9周(PM2:46ごろ)を気力で走り続けることができるか・どうかが、時間内完走の分かれ目だ! 過去完走できなかった3回とも8周(40k)・9周目(45k)で失速して歩いてしまい,、10周目の関門で“御用の身”(OUT)となった。今だにこの苦い想いが、心に焼きついている。皇居の周回をk/6:10ぐらいで走らないと、最後の一周に入ることができない。 20日皇居マラソン結果次第でサロマへの展望が開かれることを、ひたすら神に祈りたい!

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2007年4月20日 (金)

憧れのサロマ湖100k初挑戦

憧れのサロマ湖100k初挑戦

日本のウルトラの草分けともいわれ、また憧れでもあったサロマ湖100kマラソンに申し込んだ。昨年8月磐梯高原猪苗代(102k)制限時間8分オーバー・10月いにしえの道(100k)65kでリタイアーしているだけに、今の私の実力では決して甘くないことは承知している。少しでもサロマの情報を得るため、ここ数年間のフル百回楽走会会報からサロマ体験談を読んだ。とりわけ感銘を受けたのは、20058月号小渕さんの「サロマ湖ウルトラマラソン参加記」の文面だ。50k地点から10kごとの5箇所関門を瀬戸際のタイムで通過している。とりわけ60k70k80kの地点は、1分をきった収容間際の数秒で関門をくぐりぬけてきている。さぞかし相当な地獄の苦しみを味わったに違いない。ウルトラはまさに、“我慢・我慢”の連続だ。“何が何でもゴールしてみせる”という根性が、ヒシヒシと私には伝わってきた。そのサロマまで55日に迫ってきた。この後の予定は、サロマを目標として5/20皇居50k・6/3千葉飛翔60kに出場する。本番では小渕さんの“ど根性”を見習って、100kのサロマ路にチャレンジする決意に燃えている。

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2007年3月28日 (水)

瀬戸際で関門通過

 サロマまですでに100日きった。ネットでサロマ完走記を読んでいる。私にとって一番感銘を受けるのは、制限時間20分前ゴールをめざすランナー達だ。彼らがが70k・80k・90kの瀬戸際で関門をくぐりぬけてふらふらになってゴールするシーンには、鳥肌がタツ程こちらにビシビシ伝わってくる。
「絶対に諦めない!」  「自分の限界と戦う!」
6/24の佐呂間の苦難の連続を今から覚悟しておこう。Fタヌキ

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2007年3月26日 (月)

サロマ挑戦シリーズ2

サロマのトレーニングコース

24日の土曜日アカデミアダム周回コースにいつものように黄色いタヌキのNTKが早朝トレ。一方KJは、左回りで北インターコース(1周20k)。私は右回りで北インターコース(120kを2周)。双方が左右に分かれて走った。中間の10k地点、さらに10k地点のスタート地点に戻ってくる120kのコースだ。たまたま今回ほぼ同じペースで走ったため、10k地点・20k地点で再会したということで、実に面白い。今後私は完走をめざすためも、このコースをサロマ鍛錬コースとして走ることに決めた。そして今回久しぶりに40k走破した。

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